発案者インタビュー of NGO起業家を育成する「アジアNGOリーダー塾」



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━━━「アジアNGOリーダー塾」開設に至った経緯をお聞かせ下さい。

このプロジェクトをつくることを思い立った動機の一つは、日本の若者たち、あるいは日本のnon-profit(非営利)、non-government(非政府)の世界で、アジアの国々の非営利・非政府組織のリーダーたちと対等な立場で対話し付き合える人材を育てたいと思ったことです。

日本には、約500団体のNGO(非政府組織)が、国境を超え国際協力を行っていますが、その多くは支援対象となる国の特定地域で活動しています。これらの団体は、貧困の中にある子どもや女性、農民そして少数民族等に支援活動を行い、意義ある役割を果たしていますが、その活動範囲はその地域に限られ、地域そして国を超えて横を繋ぐネットに発展していない。

どちらかというと、日本の多くのNGOは職人的性格を持ち、現場に入り、現地の人たちと一緒に生活をし、汗をかき、経験を共有しながら、現地の人々の生活改善を図っていく。また、日本から特定の団体や個人に奨学金などを送り続けるというタイプのものが多いのです。これらの活動は、人間関係の観点からとても重要だと思います。

ただ、私はもうひとつのタイプがあっても良いのではと考えます。アジア各国の現地NGOが貧しい同胞を支援するためにがんばっているのを日本からは資金的に支援し、同じ価値観・目標を掲げているNGOを増やし、ネットワーク化し協働関係に発展させていく。このように
すれば、限られた資源を有効に活用し、大きな力になるのではと考えるのです。

今や、普通の市民や人々は、国境を超えて考え、行動するときに来ていると思います。経験そして人々が培った“英知”を共有し、共に生きるコミュニティを、アジアにそして世界に作るときが来ているように思います。

こうしたミッションを果たせる人材を育てたいと考えたことが、塾を計画した一つの動機です。

二つ目の動機ですが、私がアジアに初めて入った30年前とは違い、今は多くの国NGOが育ち、それぞれの国で大きな役割を果たすようになっています。これらのNGOは、バングラデシュなどでは政府の役人の研修を行ったり、大学を創設・運営したりするまで成長しています。フィリピンでは、政府との対話を積極的に進め、NGOリーダーの中には、政府の高官に任命されるような関係に発展しています。アジアのNGOは、国内でも国際舞台でも発言力を着実に高めています。翻って、日本のNGOの現状を見ると、その発展の歩みは私にとってはのろいように思えます。社会的関心は高まっているものの、NGOの実力は今だに限られ、社会的存在感は薄いものです。アジアの今後の姿を考えるとき、成長してきたアジアのNGOのリーダーたちと対等な立場で、21世紀の社会を語り、行動を起こせる人材が必要と考えたのです。

この問題意識そして構想は、以前から抱いていたのですが、今回、(財)MRAハウスという団体がスポンサーしてくださるというので、この「アジアNGOリーダー塾」が実現することになったのです。

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―――プロジェクトの最終目標は非常に高い所にあるということですね。

いや、むしろ低い所にあるのでは(笑)。政府や大企業が国際社会における主要なアクターになっていますが、普通の人々が非政府・非営利組織をつくり、国境を超えて社会の底辺で協力の輪を広げていく環境を作っていこうというのですから。

政府や大企業もそれぞれのミッションがありますが、国際社会の中では、非政府・非営利組織も相応の役割を果たしていく必要があります。政府には政府の強みと限界がありますが、国益というものに縛られ、その運営管理は法律・規則に従い、機動性や柔軟性に乏しいものです。残念ながら、途上国の政府は、国民が貧困が故に税収は乏しく、政府としての本来の役割を果たしていないケースが多いのです。

そして企業、とくに多国籍企業の存在が大きいのですが、その大きな動機は、マーケットの拡大、利潤の極大化です。社会的ニーズに応えて利潤を得るというのは当然なことですが、行き過ぎると、マーケットへの支配力を強めるための競争が激化し、投資先である途上国労働者の人権を無視し、また環境破壊を引き起こすことが間々あります。世界におけるこうした政府そして企業という二大アクターは、その性格上、どうしても穴埋めできない部分が出てきます。その結果が、貧困者の存在で貧富の格差の拡大です。そして地球環境の悪化です。

貧困で苦しむ人々がアジアにはまだ8億人ほどいると言います。日本政府もアジアの開発途上の国々に頑張って援助活動を行っていますが、草の根レベルの人たちのパワーアップにはなかなか繋がりません。今なお、アジアの大都市では、物乞いをする子どもたちを見かけ、想像を絶するような貧しい居住環境で生活する人々がいて、農村部へ行けば、土地を持たない農民が大勢います。最近訪問したフィリピンのセブ島の漁民の月の稼ぎは3,000円~5,000円と言います。そしてマニラ市内では物乞いする6~7歳の少女たちに出会いました。同じ人間として、こういった状況は放っておけないと思います。今や、国境を超えて考えるときです。比較的経済的に恵まれている日本人にはこうした考えと行動を起こすことが必要だと考えています。

働く子ども2(フィリピン ナガ市ゴミ収集場2005年12月).JPGゴミ収集場で働くこども(フィリピン ナガ市)

――最近はフェアトレードやマイクロファイナンスなど、いわゆる”社会的ビジネス”が
  広がってますが目指す起業家育成はこうした方向ではないということでしょうか。

いえいえ、こうした人たちも「アジアNGOリーダー塾」の塾生候補になる人だと考えます。ただ社会的ビジネスと従来のビジネスとどこが違うのかということを少し説明しますと、近年関心を集める社会的ビジネスというのは、貧困問題や環境問題、その他社会問題を改善・解決するために立ち上げられるものですが、そこにビジネスの考えや手法を取り入れようというものです。

おっしゃられたマイクロファイナンス(小規模金融)は、その一例です。すなわち、これまでNGOが寄付者や支援者を募って資金を集めて貧困者の自立支援を行ってきたのですが、マイクロファイナンス事業では、商売として少額を貧困者、とくに女性の貧困者に貸し出し、利息を付けて返済させ、自立を促すという手法です。マイクロファイナンスが効果を出す場合と、失敗する場合があります。また、貧しい国の雇用創出を図るため、NGOが作った会社を通して貧しい人たちの生産品を輸入し販売するというフェアトレードも実施されています。恐らく、こうした社会的ビジネスは今後広がっていくと思います。これら社会的ビジネスは、NGOの経験そして発想から派生したものと考えていいでしょう。

MF2 Sri Lanka.jpgマイクロファイナンスを受け、店を経営する女性(スリランカ)

しかし、社会的ビジネスは、社会制度を変革していこうとする運動としては限界があります。それはあくまでもビジネスですから。そこで新しい社会づくりを行っていくためには国益に惑わされない、企業益に惑わされない、自発的な人間としての活動のセクターが必要です。政府や企業に対し、直言をし、状況改善のための提言し行動していくことが必要なのです。また時には、共通の課題に向けて政府や企業と協働することも必要なのです。アジアの中で光が当たっていない人たちの声に耳を傾け、現地NGOの人たちと共に声をあげていくことが求められているのです。

アジアそして世界の未来を展望するとき、いつの時代にか、国境や国籍の概念が薄らぎ、アジアにそして世界に連邦的な政治体制が生まれるかもしれません。そうした政治体制下では、裕福な地域の人たちには累進課税がかけられ、開発や福祉が遅れている地域の人たちにはその税金が回されるかもしれません。もちろんこうした考えは理想的すぎるかもしれません。実際、そうした社会が生まれるまでにはこれから50年、いやもっとかかるでしょう。しかし、そうした方向に向かって、現在、政府開発援助は、いろいろ課題はありますが、その変形としての役割を担っているとも言えます。またNGOは、市民からの資金を集めボランタリー的に途上国で活動し、ささやかながら富の再配分を行っていると言えます。

本来なら、国連がそういった推進役・旗振り役をする機関なのでしょうが、各国の国益と政治がぶつかり合い、なかなかうまく進みません。世界には貧富の膨大な格差が残ったままです。NGOは、国益を超え、私益を超えて動きます。そういった意味でNGOは、世界の新しい歴史を作っていくアクターとして考えているのですが。

――どのような応募者を期待していますか。

夢を描く人。そして冒険心を持っている人。実行力のある人です。多少細かく言えば、構想力のある人、他者に開かれた姿勢を持つ人、コミュニケーション能力を持つ人―単に英語を話せるというのでなく、他の人の考えをよく聞き、自分の考えを効果的に相手に伝えることのできる人−、説得能力のある人ということでしょうか。年齢や国籍は問いません。これからNGOを企画し活動しようとする人、現在NGOに所属していて、組織の活動のステップアップを考えている人の応募も期待しています

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