アジア・コミュニティ・センター21

私が国際協力活動を「生涯の仕事」として考えるようになったきっかけは、2つあります。

一つは、劣悪な生活環境におかれたアジアの人や子どもたちとの出会いです。仕事で、アジア各国を回り、援助先を探す訪問先の街角で、やけつくような日射しを浴びながら細い腕に乳飲み子を抱え物乞いする母親、路上でお腹をすかし抱き合って寝ている子どもたち、そして汚物で異臭が漂う場所で掘建て小屋の生活をする人たち。

どうして、このような「人間の尊厳」を奪われたような人たちがいるのだろうか。私がもし、こうした人のひとりだとしたら、周りはどのように見えるのだろうか。こうした疑問と憤りに近い思いが、私を国際協力の世界へと駆り立てました、もう30年近く前のことです。

もう一つは、80年代、アジア各地を回って、地元の政府高官、NGO関係者、大学の先生たちから日本批判をよく聞かされました。タイの大学の元学長から、日本の政府開発援助は「モニュメンタル・エイド」(記念碑のような建造物の援助)だ、インドネシアの大臣からは、「日系企業は技術移転と言いながら、そのようなことを実行していない」、地元NGOの仲間からは「日本人は我々の国へ資源を盗みに来る」、などなど。

さらにつらいことには、訪問する村では、 戦争中の日本軍の残虐行為について年老いた地域住民から聞かされました。自分の生まれ育った日本が、アジアの人々から信頼を得ていない!非常に寂しく、日本の将来に大きな不安を感じました。そして、政府でもない、企業でもない、市民そして草の根レベルから、アジアの人々との信頼関係をつくっていきたいと考えました。
この考えが、国際協力を行うNGO間のネットワークづくりに発展するのです。

その後、NGO仲間に声をかけ、1987年に「NGO活動推進センター」(現(特活)国際協力NGOセンター:JANIC)を仲間たちと創設しました。その目的は、市民レベルで力を合わせ、途上国の貧困者支援や環境保全等に取り組んでいくことです。

アジアの国を初めて訪問してから30年近く経ちましたが、「人間の尊厳」を奪う貧困状況は、今なおアジアの各地に頑なに残っています。経済のグローバル化が進み新しい富裕層が生まれる中、路上生活する子どもたち、教育の機会を奪われ過酷な労働に従事する幼い子どもたち、食糧の確保ができない“農民たち”、衣食住の基本的ニーズを満たすことのできない人たち。これらの人たちを支援し、健康で平和な生活を保障するだけの富は世界にあるのに、なぜ、こうした人たちが取り残されていくのだろうか。私の疑問と憤りは、今もなお続いています。

2005年3月に、私は、新たに「アジア・コミュニティ・センター21」(ACC21)を仲間たちと立ち上げました。その目的は、アジアの中で貧困に喘ぐ人々や子どもたちへの支援を行い、アジア域内での地元NGOと協働して「助け合いのネットワーク」をつくっていくことです。
みなさんも、ACC21の活動に参加されませんか?